第2回(2回シリーズ)
東京医科大学 不整脈センター センター長
循環器内科 准教授 里見 和浩 先生インタビュー 第2回
心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみといった症状が徐々に進行し、生命にかかわる病気」と定義されている。心不全の原因となるのは、不整脈(頻拍症、心房細動等)、心臓への過負荷(高血圧、弁膜症等)、心筋の障害(心筋梗塞、心筋症等)などがある。
そして心不全の治療には、薬物療法と非薬物療法があり、後者には、機械を使った治療(ペースメーカ、植込み型除細動器(ICD)、心臓再同期療法(CRT)等)、手術療法(カテーテルアブレーション、弁置換術、冠動脈バイパス術、左室形成術等)、運動療法(心臓リハビリテーション療法)、補助人工心臓(VAD)、心臓移植がある。
近年、機械を使った心不全治療であるICD、CRTに用いられる機器(デバイス)が開発され、心不全治療の選択肢の一つとして注目されている。
心不全の非薬物治療とは何か、どのような患者へ適応されるのか、機械を使った治療が欧米と比して比較的施術数が少ないのはなぜかなどをテーマに、東京医科大学循環器内科准教授で、不整脈センターのセンター長を務められる里見和浩先生にお話を伺った。
第2回は、「ドイツ留学で体験した“機械を使った心不全治療”への患者の理解」「患者の理解を促す広報・啓発活動の必要性」。
(聞き手:21世紀メディカル研究所代表 阪田英也 構成:同 主任研究員 渡辺幸輔)
ドイツ留学で体験した“機械を使った心不全治療”への患者の理解
――里見先生はドイツでの留学のご経験があります。ドイツの患者さんと日本の患者さんで、心不全の非薬物治療に対する感じ方、反応の差異はありますか。
里見先生: ドイツの方は、比較的ロジカルに考えます。例えばコロナにしても死亡率がこれくらいで、かかったとしてもこれくらいの重症度だということであれば、もうマスクは要らないと考えるのがドイツ人、欧米人です。感染者ゼロを目指して、マスクを着用し続けていこうというのが、日本の考え方です。そこのメンタリティの差は大きいと思います。「この機器、このデバイスを入れたら、合併症の可能性はあるけれど、これだけ良くなります」ということに対して、きちんと判断できる人は、日本よりドイツのほうが多いと思います。
ドイツの場合、論理的な話をきちんと受け入れる傾向があると思います。「あなたの病気はこういう状況で、放っておいたらこれくらいの死亡率です」、「この治療を行うと合併症を引き起こす確率がこれくらいあるけれど良くなります」と説明すると、「それならば、リーズナブルだからやってほしい」という形で受け入れられやすいと感じます。日本の患者さんは、もう少し情緒的な感覚を持ちます。「万が一、1%の合併症が起こるなら嫌です」という方もいらっしゃいます。
あと、ドイツにいて感じたことは、ドイツ人は「きちんと自分で考えて自分で決める」ということです。ドイツの教育は「これを覚えて点数を取れば、良い成績がもらえる」というわけではありません。自分の考えをはっきりと共有して、それが例え間違っているとしても、ディスカッションできるというところが評価されます。だから、もともとの考え方や教育の仕方が違うのではないかと個人的には思っています。
患者の理解を促す広報・啓発活動の必要性
――心不全の非薬物治療を広めていくためには、患者さんの知識や理解を促す活動に加えて、地域の開業医や医療機関の医師にも広報・啓発する必要があるように思いますが、いかがでしょうか。
里見先生: 欧米では、病院や薬剤などのコマーシャルをたくさんやっています。普通の医師が処方する薬のCMもたくさん見かけます。日本は医療法、薬事法で医療機関の宣伝、治療方法や薬の広告が厳しく制限されており、「心不全の非薬物治療とは何か」という広告や啓発活動に触れることがあまりありません。こうした部分も影響しているかもしれません。
患者さん向けの薬や医療機器のコマーシャルが流れるようになると、患者さんにとって薬や治療法の選択肢が広がり、同時に地域の開業医や医療機関の医師を含む国民全体の理解度も変わるかもしれません。
例えば、「心不全と診断されました」、「こういう治療法があります」という情報は、病院に行けばもちろん、現在はインターネットを代表格に、患者さんが調べる環境や機会がいろいろとあります。患者さんが情報収集に積極的になれば、情報が数多く入ってくると思います。
例えば、がんはテレビで特集されたり、ドラマになったりすることで、病気のイメージがつきます。その知識が、抗がん剤治療、放射線治療への理解に繋がっていると思います。しかし、心不全を対象とした番組は、なかなかありません。もし、心不全の患者さんを主人公にしたテレビドラマや、医療をテーマとしたNHKの「きょうの健康」などに心不全が取り上げられると、家庭内での話題になるかもしれないですよね。
――開業医または地域の医療機関の医師における心不全の非薬物治療に対する理解についてはいかがですか。
里見先生: 例えば、私が開業医の先生向けに医療連携のお話をする場合、メインテーマとなる病気は、「不整脈」「心房細動」が圧倒的です。というのも、開業医の皆さんが目の当たりにする機会が多い。検診で見つかって、患者さんが医療施設に行かれるという形で、日常診療でよく遭遇するからです。ですから、「不整脈」「心房細動」をテーマに我々がお話をして、「こういう治療をしますので、患者さんを送ってください」という要請に対しては、比較的患者さんの数も多いので、開業医の先生方も経験することが多く、ご紹介いただけます。
しかし、CRTの適応になる心機能が落ちていて、左脚ブロックの状態の心不全患者さんなどは、開業医の先生にしてみると、何年かに1人診る程度だと思います。「不整脈」「心房細動」に比べると全然数が少ない。本来CRTを入れた方が良い患者さんについても、日常診療ではなかなか遭遇しないと思います。「心不全の非薬物治療」についても、残念ながら開業医の関心が薄いのは、こうしたことに起因していると思います。
さらに、85歳、90歳ぐらいのご高齢の患者さんだと、「そこまでしなくても…」と思っていらっしゃる先生方もいると思います。高齢者の心不全は大きな問題ですが、“機械を使った心不全治療”などの侵襲的な治療を薦めるのは、言いにくいのではないかと思います。地域の医療施設向けに啓発活動を推進しても、CRT適応となる患者さんを掘り起こすことができるかというと疑問に思います。
――それでは、医療者の心不全の非薬物治療に対する理解を進め、“機械を使った心不全治療”の適応となる患者さんをスクリーニングしていく方策はあるのでしょうか。
里見先生: どちらかと言うと、病病連携が必要ではないかと思います。病の1つは循環器専門病院で、もう1つの病は地域の中堅病院。心不全の非薬物治療などの専門的治療は行っておらず循環器専門研修施設にはなっていないけれど、何らかの事情で心不全の患者さんが来られることがあるといった病院です。ここに“機械を使った心不全治療”などの広報・啓発を重点的に行うことで、適応のある患者さんへの説明、説得が可能となると思います。
――心不全の非薬物治療について、日米における差異とその理由についてはどのように考えていらっしゃいますか。
里見先生: 日本は心不全に関するデータがなく、心不全患者さんの罹患率、患者さんがどれくらいいるかの正確な数もわかっていません。米国にはそのデータがあるので、そこが根本的に違うと思います。しかし日本はデータが少ないですが、心不全患者さんは米国に比して少ないことは事実です。
特に医療のアクセスが日本は良いですから、比較的早い段階で治療ができます。米国では、自宅から何十km、ところによっては100km以上も離れたところに病院があり、そうなると頻繁に病院に通うことが困難で、徐々に心不全が重症化していきます。こうした背景の違いがあるので、日本では非薬物治療、特に“機械を使った心不全治療”の施術数が少ないからさらに増やすべきということが、本当に正しいかどうかは疑問です。
これだけ施術数が少なくても、日本国民は長生きしていますし、米国と比較すると医療費が断然安いので、良い医療はできているのではないかと思います。
――最後に、心不全の非薬物治療を適応すべき患者さんへのアプローチという点からご意見を伺いたいと思います。
里見先生: やはり、医療アクセスの乏しい地方にいる患者さんの問題を考えねばならないと思います。地方には現在も適切な治療を受けられていない患者さんが多数いると思います。がん対策基本法に次いで2番目の疾患別医療基本法として、「循環器病対策基本法」が成立・施行されました。この法律の中で循環器病(心臓病)が大きくクローズアップされてきますが、患者さんにとって「自分の病気を正確に理解する」、そして「自分の病気の最も適切な治療法を見つける」、この2つのことは行政ばかりでなく、私たち医療者が推進していくべき重要課題であると思います。
患者さんに心不全、そして心不全の治療についての知識、理解を高めていただき、最もふさわしい治療に行き着くよう今後も日常診療を通して患者さんと接していきたいと考えています。
第2回おわり。(2回シリーズ)
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